東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2085号 判決 1956年10月31日
原告 有限会社大茂縫製
被告 通運産業株式会社 外一名
主文
被告等は原告に対し各金十三万五千六百四十六円及びこれに対する昭和三十年三月三十一日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は原告において被告等に対し各金二万円の担保を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、原告及び被告通運はメリヤス類等の販売を業とする商人であるが、原告は被告通運産業株式会社(以下通運と略称する。)に対し昭和二十九年六月五日頃から同年七月三十日頃までの間に代金合計金二十三万七千八百十円相当のメリヤス類を売掛けたところ被告通運は同年七月五日右代金の内金として金五万七千五百四十四円を支払いさらに同年八月一日右商品の内代金四万四千六百二十円相当分を返品したが、残代金十三万五千六百四十六円をいまだに支払わない。
本件売買は、被告通運のメリヤス部と称する東京都文京区駒込坂下町二百五番地にある営業所において為されたものであるが、被告明和産業株式会社(以下明和と略称する。)は同年八月初旬被告通運から、右営業所における営業の譲渡を受け、右営業上の債務一切を引受け、同日頃その旨被告通運から原告に通知し、しかも引続き「通産メリヤス部」の名義において営業をなし以て被告通運の商号を続用している。よつて右残代金につき被告通運と連帯して弁済する責任がある。原告は本件訴状を以て被告等に対し、右債務の履行を請求し、右書面は昭和三十年三月三十日被告等に到達した。
よつて被告等に対し各自右残代金及びこれに対する弁済期の到来した本件訴状送達の日の翌日たる昭和三十年三月三十一日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。
仮に右営業所が訴外株式会社丸勉(以下丸勉と略称する。)の営業所であり原告から前記商品を買受けたのが被告通運ではなく丸勉であつたとしても被告通運は丸勉が被告通運の商号を使用して訴外日本通運株式会社の従業員との間に取引をなすことを許諾しているものであつて、原告は右営業所長たる訴外増田寅平が持参した通運産業株式会社メリヤス部部長の肩書ある名刺及び右営業所に掲げられている「通運産業メリヤス部」の看板により本件売買の相手方が被告通運であると誤認したものであるから被告通運は丸勉と連帯して本件残代金及び前記損害金を支払うべき義務がある。被告明和は丸勉の右営業譲渡を受けたことになるが、引続き、通産メリヤス部の名義において営業をなし以て被告通運の商号を続用しているから、右の事実に基き右営業所における営業により生じた本件債務につき右丸勉と連帯して弁済する責任がある。と述べた。<立証省略>
被告通運訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、原告及び被告通運がそれぞれ原告主張の営業を営む商人であること、及び本件売買当時被告通運が、丸勉に対し、同被告の商号を使用して訴外日本通運株式会社の従業員との間に取引をなすことを許諾していたことは認めるがその余の原告主張の事実は争うと述べた。<立証省略>
被告明和訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実は争う。本件売買当時原告主張の場所に営業所を設けておつたのは丸勉であつて、本件売買は原告と丸勉との間でなされたものであり、被告等とは無関係であると述べた。<立証省略>
理由
証人広橋靖明、同山本弘の各証言並びに原告、被告明和各代表者本人尋問の結果によれば、原告及び被告通運がメリヤス類等の販売を業とする商人であることが認められる(原告と被告通運との間では右事実は争がない)。しかして証人永作益美の証言及び原告代表者本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)並びに右各供述により訴外増田寅平の作成したものと認められる甲第一号証の一乃至十一、同第五号証によれば原告が昭和二十九年六月四日頃から同年七月三十日までの間に「通運産業株式会杜メリヤス部」部長と称する訴外増田寅平に対し「通運産業メリヤス部」の看板を掲げた東京都文京区駒込坂下町二〇五番地所在の営業所において代金合計金二十三万九千六百四十円相当のメリヤス類を売渡したことが認められる。
原告は右営業所は被告通運の営業所であつて本件売買の相手方は被告通運であると主張するので考えてみると、原告裏書部分の成立については原告と被告通運との間に争がなく、その余の部分は証人山本弘の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、同証言により真正に成立したものと認められる乙第二、三号証の各一、二、同第四号証、証人広橋靖明同山本弘の各証言並びに被告明和代表者本人尋問の結果を併せ考えてみると、被告通運は訴外日本通運株式会社の従業員に対し、メリヤス洋服類の月賦販売をなすため、一定の業者に自己名義でメリヤス等の商品を仕入れ、被告通運名義で右従業員に納品し、右代金は右従業員から被告通運受領し、被告通運から一括して右業者に支払う約定の「代行契約」と称する契約を結んで居り、本件売買当時訴外株式会社丸勉がそのような業者で、その営業所を前記場所に設置し、訴外増田寅平は丸勉の従業員で右営業所の長であつたこと、すなわち、被告通運は前記場所に営業所を有せず、訴外増田寅平は被告通運の従業員ではなく、従つて本件売買の相手方は被告通運ではなく丸勉であることが認められる。前掲各証拠に対比し証人永作益美、原告代表者本人の供述中右認定と相容れない部分は措信することができず、その他右認定を覆えして原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。
してみると本件売買の相手方が被告通運であることを前提として被告等に本件売掛残代金の支払を求める原告の第一次的請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
よつて被告通運の名板貸に基く原告の被告通運に対する予備的請求について判断すると、原告及び被告通運がメリヤス類等を業とする商人であることは当事者間に争がなく、原告が「通運産業株式会社メリヤス部」部長と称する丸勉の営業所増田寅平に対し昭和二十九年六月四日頃から同年七月三十日までの間に東京都文京区駒込板下町二百五番地所在の「通運産業株式会社メリヤス部」の看板を掲げた丸勉の営業所において代金合計金二十三万九千六百四十円相当のメリヤス類を売掛けたことは前に認定したところであり、丸勉が訴外日本通運株式会社の従業員と取引する際に被告通運の商号を使用することを被告通運から許諾されていたことは当事者間に争がない。
しかして前記甲第一号証の一乃至十一、同第五号証、証人永作益美の証言並びに原告(いずれも前記措信しない部分を除く)被告明和各代表者本人訊問の結果を併せ考えると、原告が右営業所に掲げられた「通運産業メリヤス部」の記載ある看板、被告通運メリヤス部部長の肩書のある右営業所の長たる増田寅平の名刺(甲第五号証)並びに「通運産業メリヤス部」と刻してあるゴム印を領収印として押捺した本件売買の商品受領書(甲第一号証の一乃至十一)等により、本件取引の期間中終始売買の相手方が訴外丸勉でなく被告通運であると誤認していたことが認められる。
もつとも前記乙第一号証によると、原告が昭和二十九年七月訴外丸勉から、被告通運が丸勉宛に振出した金額五万七千五百四十四円の約束手形の裏書譲渡を受けた事実が認められるから、被告通運が本件取引の相手方でないことを原告が知つていたように疑われるが、右乙第一号証、原告代表者本人訊問の結果、右供述により真正に成立したものと認められる甲第三号証を綜合すると、右手形は本件一連の取引開始後約一ケ月を経過した昭和二十九年七月五日に原告が増田寅平から代金の一部支払として受領したものであつて、予ての約に反し、被告通運より原告宛ての約束手形でないため不満の意を表したが、とにかく被告通運がその手形上の債務者であるため、受領したもので、右手形を被告通運が原告との取引について原告に交付したものと疑わなかつたことが認められるから右乙第一号証は前記認定を覆すに足りない。
してみると被告通運は自己の商号を使用して営業をなすことを訴外株式会社丸勉に許諾したものであつて原告は被告通運を営業主と誤認して本件売買をなしたものであるから被告通運は商法第二十三条に基き右売買に因つて生じた債務につき丸勉と連帯して弁済の責を負わねばならない。右許諾が被告通運と丸勉との間で丸勉は日本通運株式会社の従業員との間の取引についてのみ被告通運の商号を用いてよい旨範囲を限定してなされたものであるとしても、いやしくもメリヤス、洋服類販売の営業の範囲内に属すること明らかな本件売買につき被告通運は善意の第三者である原告に対し右の責任を免れないものと解すべきである。けだし、商法第二十三条の規定の趣旨は営業の外観を信頼して取引関係に立つ善意の第三者が不測の損害を蒙ることのないよう保護することにあるところ、商号は一箇の営業につき商人の同一性を表示するものであるから、営業の一部に自己の商号の使用を許諾するときは、右許諾を受けた商人がその制限を超えて為した取引についても、その営業の範囲に属する以上善意の第三者がその商号の主体を取引の相手方と誤信する場合を生じ、この場合商号の使用を許諾した者において右取引上の責任を負担すべきものとしなければ善意の第三者が不測の損害を蒙るおそれがあるからである。
次に被告明和の営業譲受を前提とする原告の被告明和に対する予備的請求について判断すると、原告がメリヤス類等の販売を業とする商人であること、原告が昭和二十九年六月四日頃から同年七月三十日までの間に東京都文京区駒込坂下町二〇五番地所在の「通運産業株式会社メリヤス部」の看板を掲げた丸勉の営業所において「通運産業株式会社メリヤス部」部長と称する丸勉の営業所長増田寅平との間に代金合計金二十三万九千六百四十円相当のメリヤス類を売掛け、右取引に因つて生じた債務につき丸勉が被告通運と連帯して弁済の責任あることは前に認定したところである。しかして前記乙第二、三号証の各一、二、同第四号証、成立に争のない甲第四号証の一、二、証人山本弘、同広橋靖明、同永作益美の各証言並びに原告、被告明和各代表者本人訊問の結果(後記措信しない部分を除く)を併せ考えると丸勉は前記場所に営業所を設置して前記のような営業を営んできたところ、昭和二十九年八月初旬頃被告通運から前記代行契約による取引関係を停止され、一方被告明和は同年六月八日設立され同年八月初旬丸勉から右営業所における営業の譲渡を受け、同月八日頃から被告通運と前記同旨の代行契約を結んで同所において右同様の営業を営むに至つたこと、被告明和が右営業譲渡を受けた後においても依然右営業所に「通運産業メリヤス部」の看板を掲げ同様の名称で営業をなしていることが認められる。
被告明和代表者本人の供述中右認定と相容れない部分は措信しない。
もつとも右の名称は営業譲渡人たる訴外株式会社丸勉の商号ではなく従つて又営業譲受人たる被告明和が営業譲渡人の商号を譲受けたものでもなく、被告明和は丸勉が被告通運からその使用の許諾を受けて従来使用して来た被告通運の商号を、更に被告通運から使用を許諾されて使用しているのであるが、その営業及び商号は前後同一であるから、営業の外観を信頼する善意の第三者の保護を目的とする商法第二十六条第一項は右の場合にも適用あるものと解すべきである。従つて丸勉と明和との間に右営業における営業上の債務引受が行われたか否かを問わず、被告明和は丸勉の右営業所における営業を譲受け、且つ譲渡人の商号を続用するものとして、右営業により生じた丸勉の前記債務を弁済する責任があることは当然である。
それならば、被告通運に対し名板貸を原因として、被告明和に対し営業譲受を原因として、各自本件売掛代金二十三万九千六百四十円の内金十三万五千六百四十六円及びこれに対する弁済期たる本件訴状が被告等に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三十年三月三十一日以降右完済に至るまで年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払を求める原告の請求はすべて理由があるものとしてこれを認容すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 福島逸雄)